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大阪地方裁判所 昭和32年(ワ)4002号 判決

原告 中島忠見

被告 興洋物産株式会社

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は、

被告は、原告に対し、金五五〇、〇〇〇円と、これに対する昭和三二年一二月二三日より支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告の負担とする、との判決ならびに仮執行の宣言を求め、

請求の原因として、

被告は、昭和三二年九月一一日、宛名人白地のまゝ、額面金五五〇、〇〇〇円、支払期日昭和三二年一二月二二日、振出地、支払地ともに大阪市、支払場所株式会社大和銀行北浜支店なる約束手形を振出し、原告は、同年一二月頃、右約束手形を、その正当な所持人であつた訴外柴田裕紹より譲り受け、原告の名を白地宛名人欄に補充し、所持している。

よつて、原告は、被告に対し、右約束手形金五五〇、〇〇〇円とこれに対する昭和三二年一二月二三日より支払ずみまで、年六分の商事利率による遅延損害金の支払を請求する。

と述べ、

被告の抗弁に対して、

右の訴外柴田と、原告間の本件約束手形の授受に際し、金銭の支払はなされなかつたが、原告は、右柴田に対して有している金一、〇〇〇、〇〇〇円の貸金債権の担保として、本件約束手形の譲渡を受けたものであつて、被告主張のように、原告の後援者に見せるために借りたものではない。

右の柴田からの本件約束手形の譲受の時、本件約束手形の表面右肩に「アルプス薬品工業 保証手形」なる記載のあつたことは認める。

と述べ、

証拠として、

甲第一号証を提出し、乙第一号証の成立は認める、乙第二、三号証の成立は不知と述べた。

被告訴訟代理人は、

主文同旨の判決を求め、

答弁として、

被告が、原告主張の日に、原告主張の宛名人白地の約束手形を振出し、原告が右約束手形を、その正当な所持人であつた訴外日三商事株式会社の代表取締役である訴外柴田裕紹から交付を受け宛名人に原告の名を補充し、これを所持していることは認める。と述べ、

抗弁として、

原告は、昭和三二年一二月中旬、訴外日三商事株式会社代表取締役柴田裕紹に対し、原告の後援者に計算のつじつまを合せるために見せるだけだから一時借用したいと告げて、右訴外人より本件約束手形の交付をうけ、そのまゝ、それを右訴外人に返還しないで所持しているものであつて、右の手形授受は、手形債権移転の効果を伴う手形譲渡ではない。

仮に、右の抗弁が理由がないとしても、本件約束手形は、被告が、訴外松田静夫を介して、訴外日三商事株式会社より割引をうけた、被告の取引先である訴外アルプス薬品工業株式会社が、昭和三二年七月一七日、被告に宛てゝ振出した、額面金五五〇、〇〇〇円、支払期日昭和三二年一二月一五日、支払地岐阜市、支払場所株式会社住友銀行岐阜支店なる約束手形(以下単に本件被保証手形と称する)の支払を担保するために、被告がその保証手形として振出し、右訴外松田を介して、右訴外日三商事株式会社に差し入れたものであるところ、右本件被保証手形は、その支払期日に支払われたので、右支払以後、被告は右訴外日三商事株式会社に対し、本件手形の支払義務を全く免れるに至つた。しかるに原告は、同年一二月中旬、右の事情を熟知し、被告を害することを知つて、右訴外日三商事株式会社代表取締役柴田より、その表面右肩に「アルプス薬品工業 保証」なる記載のある本件手形を取得したものであるから、被告は原告に対し、本件手形の支払義務を負うものではない。

よつて原告の請求は失当である。

と述べ、

証拠として、

乙第一ないし三号証を提出し、証人松田静夫、同柴田裕紹の尋問を求め、甲第一号証の成立は認めると述べた。

尚、当裁判所は職権で原告本人を尋問した。

理由

被告が、原告主張の日に、宛名人白地のまゝ、原告主張の約束手形を振出し、原告が、その正当な所持人であつた訴外日三商事株式会社の代表取締役である訴外柴田裕紹より、その交付が手形譲渡の効果を伴うものであるかの点は別として、右本件約束手形の交付をうけ、その白地宛名人欄に原告の名を補充し、それを所持していること、右の本件約束手形交付の時に、本件約束手形の表面右肩に「アルプス薬品工業 保証手形」なる記載のあつたことは当事者間に争いがない。

被告は、右の訴外柴田と原告の間の本件約束手形の授受は手形債権移転の効果を伴うものでないと主張し、証人柴田は、右の主張に副う供述をなしているが、他面、同証人の証言、原告本人尋問の結果により明らかな、右訴外柴田が、本件手形の授受の時、訴外松田某他二名と連帯して、原告に対して金一、〇〇〇、〇〇〇円の債務を負つていた事実は、右の被告の抗弁に対する、原告の、債権の担保として譲渡をうけたものであるとの答弁を裹付けるものであつて、右の証人柴田の本件手形授受に関する証言は措信できない。かくして、結局、被告のこの抗弁事実は、本件全証拠によるも未だ立証されるに至つていないものといわねばならず、これを採用することはできない。

次に、被告は、本件約束手形は、本件被保証手形の保証手形であり、原告が訴外柴田より本件約束手形の交付をうけた時、既に本件被保証手形の支払がなされていて、原告の右の事情を知つて本件約束手形を悪意取得したものであると抗弁するので、これについて判断する。

成立に争いのない甲乙各第一号証、証人柴田の証言により成立の真正が明らかな乙第二号証、証人松田静夫、同柴田の各証言によれば、本件約束手形は、被告が、昭和三二年九月上旬、訴外松田を介して、訴外日三商事株式会社から本件被保証手形の割引をうけた際、右本件被保証手形の支払を担保するため、被告が振出し、右訴外松田を介して右訴外日三商事株式会社に交付したものであること、本件被保証手形がその支払期日である同年一二月一五日に支払われたことが認められ、他に右認定を覆すに足る証拠はない。従つて、右の本件被保証手形の支払により、被告がその割引をうけた訴外日三商事株式会社に対して、その保証手形である本件約束手形の支払義務を免れるに至つたことは勿論である。

そして、証人柴田は、本件約束手形を原告に交付したのは、昭和三二年一二月二〇日頃であり、その際、原告に、既に本件被保証手形の支払がなされていた事実を告げたと供述しているのであるが、その証言は、右の本件約束手形の授受がなされたのは同月初旬で、その際、訴外柴田より本件被保証手形について、何も告げられなかつた旨の原告本人の供述に較べて、特に信用できるとも認め難いのであつて、本件全立証によるも、被告主張のように右の本件手形授受の時期が、本件被保証手形の支払以後であるとも、又、たとえ、それ以後であつたとしても、原告がそれを認識していたとも、未だ認めることができないというの他はない。

しかし、本件手形の表面右肩には「アルプス薬品工業 保証手形」なる記載があつたのであり、原告本人尋問の結果によれば原告は、訴外柴田より本件手形の交付をうけた際、その記載の存在を認識していたことが認められ、他に右認定を覆すに足る証拠はない。そして、証人柴田の証言によれば、訴外柴田は本件手形授受の当時は金融業者であり、原告も、金融関係の事情に明るい者であることが明らかであるから、少くとも、原告は、右の本件約束手形授受の際、右の本件約束手形表面右肩の記載によつて、本件約束手形が、訴外アルプス薬品工業株式会社が債務を負担する手形の割引に際して、被告より振出された保証手形であるとの認識を有していたものと認めるのが相当である。

そして、被保証手形と別個に、保証手形のみを、しかも、その保証手形たる性質を認識して取得する者は、たとえその取得が、その被保証手形の支払期日の前であつて、事実上支払の有無が未だ確定的に認定できない場合であつても、被保証手形の支払による保証手形に関する人的抗弁事実の発生は、原則的に予想されるところであるので、その人的抗弁事実の発生した場合には、右の保証手形の取得者は、結局、その抗弁事実を予見した悪意で取得したものとされねばならない。

従つて、その保証手形たる性質を認識していた原告の本件約束手形の取得は、前記本件被保証手形支払に基く被告の訴外日三商事株式会社に対する人的抗弁を切断する効果を生じ得ないものであつて、原告は被告に対し、本件約束手形による請求をなすことができないというべきである。

よつて、原告の請求は失当であるからこれを棄却し、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 長瀬清澄)

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